私が大学最後の夏を、セクシャルウェルネス市場に賭ける理由

4月末まで滞在するはずだったアルゼンチンから帰ってきたのが3月末。朝3時近くまでリモートで授業を受ける生活も終わり、帰国してから3ヶ月が経ちました。世界中を飛び回るノマド生活をしていると「今どこにいるの」と聞かれるのが挨拶になりましたが、現在は東京に拠点を置く『fermata』というスタートアップで、主にセクシャルウェルネス周りのブランディングと販促をみています。

fermata は発足してからまだ一年も経っておらず、正社員は4人だけ。大学最後の夏は、卒業後に就職を希望する企業でインターンシップをする学生が多いこともあり、「なんでこの時期に、立ち上げ間もないスタートアップに参画するのか」と聞かれました。また、それ以上に「なぜリスクを負ってまで性に関するコンテンツを扱うのか」というご質問を多くいただきました。

今回のブログでは「私がなぜ、大学最後の夏をセクシャルウェルネスに賭けることを決めたのか」お話しさせてください。

内省、自己発見のツールとしてのプロダクト

個人的な話になりますが、曖昧さを美徳とする文化で育った私にとっては、パートナーとの性的なシーンで自分が心から楽しめていなくても、うやむやな反応をとり、相手の気持ちを優先するのが一番楽なことでした。でも「自分の気持ちに正直でいる」「ハッキリと意思表示する」という自分の信念とは異なる言動をとることに、どこか後ろめたい感情を覚え、パートナーとの時間そのものを労働と感じていた時期があったのも否めません。

キャンパスを持たず、世界7カ国に移り住む大学で学ぶ中で「学校=テスト」「教室=キャンパス」「授業=先生が教える」といった当たり前が、いかに今までの教育のあり方をむしばんでいたのか痛感する経験が多々ありました。私たちが生きるこの時代は、今までその真偽や是非が疑われることのなかった通説や文化を見直し、再定義する時だと思っています。セクシャルウェルネス(性に関する心とカラダの健康)もその例外ではありません。生まれてきた時は、ありのままの自身のカラダや性を愛していたのに、成長する過程で自己と対峙する機会を見失い、代わりに、社会や身の回りの人・モノから様々な「正解」を押しつけられてきました。性を消費するコンテンツに囲まれ、疑うこともなく自分や相手に社会的「規範」を当てはめては、自分が自身の価値観と相反する行動をとるのに目を背けた経験がある人も少なくないはずです。

撮影:間部百合

世界中の都市に移り住み、新しい情報と交錯する中で、幾度となく自分とその周りの人の価値観が塗り替えられてきた瞬間に立ち会いました。セクシャルウェルネスアイテムは、そんな自己発見を促してくれたツールの一つだったんです。今までの価値観を見直し、自分に合わないものに別れを告げ、自分に適したものを取り入れて、自分なりの新たな価値観を創りあげていく— そんな機会をもっと多くの人に与えたいと思いました。

セクシャルウェルネスとの出会い

最初の出会いは、2017年、サンフランシスコ。市内のイベントから帰ってきた友人Nが、そこで展示されていた様々なブロダクトについて語ってくれました。その中の一つが、バイオフィードバックを用いてオーガズムの自己学習を促す『Lioness』バイブレーター。骨盤底筋の振動(力センサー)、手の動き(加速度センサーとジャイロスコープ)、温度を計測し、自分自身の快感を「実験して学ぶ」ために設計されたもので、自身のオーガズムをグラフで可視化することができます。

昨年9月に fermata が開催した「Femtech Fes!」でもLionessバイブレーターが展示された(撮影:間部百合)

このときは深く調べることもなく、「すごいプロダクトが出たな」と思うと同時に「人間がリアルな生殖に興味を失う日も近くないかもしれない」と、性 x テクノロジーの未来を破壊的なモノとして捉えていました。

それから数ヶ月がたった、2018年の秋、私はソウルに拠点を移しました。家の近所にあったのが『Piooda』というフェミニストセックストイショップ。友人Nと興味本位で足を運んだところ、2人のオーナーがお店の隅々にある商品の説明をしてくれました。そこで、コーンスターチで出来た、土に還る生分解性のバイブレーターや、性的マイノリティが瀕する課題に取り組むセックストイ企業の存在を知り、単に「性処理」の道具を作るのではなく、社会問題に立ち向かい、新しいカルチャーを創り出そうとしているセクシャルウェルネス産業の存在を知りました。

その中でも当時女性用ブランドラインを百貨店に出店したり、ヘルスケア部門を立ち上げたりするなど、日本のセクシャルウェルネス業界を牽引してきたTENGAさんの社員の方に繋げていただき、共同リサーチの実施を打診するまでに至りました。プロダクトが主軸の企業であり、未来性の強いリサーチに偏った私たちの提案を実現することは叶いませんでしたが、いち学生の声にも親身に耳を傾けてくださった TENGAさんには頭が上がりません。

そのあと数ヶ月して出会ったのが Dame Products。「過去1年間でセックスを楽しくないと感じた女性の数が男性の4倍にも及ぶ」という男女間のプレジャーギャップの課題に立ち向かうべく、コロンビア大学院で臨床心理学を学んだ Alex と MIT卒エンジニア Janet の二人の女性によって立ち上げたブランドです。女性がオーガズムを得る上で、クリトリスに刺激を与えることの重要性を男性パートナーが知っていても、従来のトイは手を塞いでしまったり、男性のみに主導権があったり、とふたりで楽しみにくいものばかりでした。そこで彼らが開発したのが、伸縮性のある羽を広げ、外陰部に装着することで、挿入時に手を繋ぎながら、お互いを抱き寄せながらでもクリトリスを刺激できるハンズフリーバイブレーター。多くの女性とカップルの支持を受け、開発のためのクラウドファンディングでは総額9000万円以上の支援金を集めました。

画像:Dame Products

これだけ消費者の期待を背負っているということは、普段明るみに出る機会の少ない分野であるだけで、セクシャルウェルネス関連の課題を解消するプロダクトに対する潜在ニーズは大きいのかもしれない、と思い始めました。

その後もこの業界への興味は増し、大学の課題テーマとして、セクシャルウェルネス企業のマーケティング施策を分析したり、女性のオーガズムに関する生物進化学・脳神経科学の論文を読み漁ったりしました。セクシャルウェルネス業界の課題と打開策を卒論のテーマとして扱い、さらに調べを進める中で、この業界が直面する課題が浮き彫りになってきました。

セックスはお金になる、けど女性のプレジャーは敬遠されてきた

アダルトビデオのストリーミングサイト、Porn hub には毎分8万人の新しい閲覧者が訪問しており、2018年には累計で420億回の訪問がありました。また、TENGAの年商は2021年に100億円を突破すると言われています。「セックス」がお金になるということが様々なプロダクト・サービスで実証されている一方で、女性が性を主体的に楽しむことは敬遠されてきました。

先述の Lioness も、Samsung と Women in Tech SF が共同開催したサンフランシスコのイベントで、妊娠に関するデバイスやアプリは展示を許されていた中、ブースの撤収を命じられた経験があります。世界最大の家電見本市 CESを運営するCTAが、ハプティックフィードバックやバイオミミクリーを応用した女性用のセックストイにイノベーション賞を一度授与したのにも関わらず、わいせつであるとして授賞を撤回し、さらに翌年の CES への参加承諾も取り消すと発表し、炎上したのも記憶に新しい事例。CESは以前、アダルトVRやセックスロボットの展示を許可していたことや、過去にカップル用のセックストイに授賞していたことを考えると、ダブルスタンダードと批判されるのも無理はありません。

NYC市営地下鉄は、男性器の形を模したサボテンを使用したED用のクスリの広告や、露出度の高い豊胸手術の広告の掲載を承諾してきました。その一方で、露骨な表現を避け、洗練されたデザインに徹した Dame Products の広告を拒否したことで、兼ねてから問題視されていた女性を軽視する姿勢が浮き彫りになりました。これらの事例は一部に過ぎず、女性のプレジャーを後押しするアイテムが直面する課題がいかに根深いのかが伺えます。

また、(特に女性の)性に関する悩みは明るみに出ないので潜在ニーズの市場サイズが体感的にわかりにくいということに加えて、ほとんどの投資家が男性がであるということも、女性の性に関する悩みに理解が及ばず、関連したサービスを提供する企業にお金が入らない要因の一つです。他にも、リミテッドパートナーが性にまつわる分野への投資を良しとしなかったり、既存のソーシャルメディアのアルゴリズムが(白人の異性愛)男性優位だったり。この業界の問題はより広い範囲における社会課題を反映した縮図である、と考える場面が多々ありました。

この分野の課題については別のブログ記事で詳しく解説しています(英文)。

窮屈な「正解」から解放されて、価値観が変わる現場に立ち会いたい

身体的な心地よさだけでなく、自分と相手の価値観や身体のニーズを両立する生活を後押しするプロダクトやサービスが存在する一方で、様々な障壁が重なり、実際にプロダクトを必要としている消費者の目に触れない・手に届かないことをすごく残念に思いました。それと同時に、セクシャルウェルネス企業やこの業界そのものをサポートすることで、自分や相手に無意識のうちに押し付けている窮屈な「正解」から解放されて、価値観が変わる現場に立ち会いたいという思いが強くなりました。

5月の下旬に参画した fermata はオンラインストアでセクシャルウェルネスアイテムを含む Femtech(Female x technologyを掛け合わせた造語) ソリューションを展開したり、女性の健康にまつわる課題を深掘りし、世界中のプロダクトを紹介するイベントを運営したり、Femtechの認知向上・ユーザーコミュニティの醸成に努めています。さらに、消費者サイドに対するアプローチに加え、海外進出・アジア進出のサポートをはじめとした Femtech 起業家/企業の支援や、合同ファンドでの投資事業を展開しています。ここでなら、消費者とプレーヤーの双方にアクセスがある強みを生かして、市場の拡大を支えるエコシステムそのものをサポートできると思いました。

よく、将来の夢や卒業後に入りたい企業について質問されます。でも、私の答えは決まって「そのとき、自分の関心がある課題に、自分の好きな人たち(組織)と取り組む」ということ。今は、それがタブー視されているセクシャルウェルネスという分野なので、「自分の中のタブーに気づき、新しい価値観を紡ぐ」きっかけをするお手伝いをしています。より多くの方が「住みたい日本になってきた」と思えることを願って。

・・・

来週 7/11 (土) に REINGと fermata が週末限定で開催するポップアップストアにてトークセッションに登壇します。いつもは全く異なるオーディエンスに教育関連のプレゼンや講演をする私が、どんな語り口で性に関するタブーに切り込むのか、覗きに来てください。

< RELATIONSHIP STORE - REING×fermata - > 
🕚 7月11日(土) ~ 12日(日) 11時~18時
🗼 〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿3-6-12
※ ストアはフリーエントランスです。
※ なお、人数制限の都合上、トークイベントは予約が必要です。予約はこちらから
イベント 詳細↓

Update: 2021 年 3 月に学部の卒業制作の一環で、80ページを超える SexTech 市場のガイドブックを執筆しました。ここまで詳細なものは当時、世界でも前例がなく、産学双方の視点を取り入れた市場の定義から、市場の成長因子や産業が立ちはだかる壁まで、幅広く網羅しています。

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