今日からひとりで始められる、ジェンダーギャップ是正のための 10 のアクション

街を歩いていてもスマホを開いてもミモザの鮮やかな黄色が目に入る 3 月。この時期になると毎年、「スタートアップ・VC 業界のジェンダーギャップは少しずつ是正されてきたように思うか」という質問を目にします。最新の Pitchbook のレポートによると、昨年のベンチャー投資はヨーロッパとアメリカ共に過去最高額を記録しました。日本国内でも企業という選択肢が以前にも増して市民権を得てきたのは間違いありません。こうした盛り上がりの一方で、ヨーロッパとアメリカの双方で、全体の投資額のうち女性起業家が設立した企業への投資が占める割合は過去最低を塗り替え、ヨーロッパでは実に 1 % (アメリカでは 2020年と同じ 2.1%) という結果になりました。絶対的な投資額は増えているものの、比率で見ると状況が改善していないどころか、むしろ後退していることが分かります。

Image: Adopted from The European VC Female Founders Dashboard by Pitchbook. 

女性起業家の能力が低いのかというと、もちろんそうではありません。実際に、女性ファウンダーのいる企業の ROI (投資利益率) は男性ファウンダーしかいない企業に比べて 35%ほど高かったという調査も存在します。調達資金1ドルごとの収益は、女性ファウンダーのいる企業が 78 セントだった一方、ファウンダーに男性しかいないスタートアップはその半分未満 (わずか31セント) だったというBCGの報告もよく知られています。比較的高いリターンがデータで裏付けられているのにも関わらず、この差が存在するのには様々な理由があります。よく言われるのはスタートアップ・VC 業界に女性が少なく、特に決定権がある役割に (白人シス) 男性が偏っているということ。男女間の機会不均衡を是正する施策として Swiftarc Ventures は大胆にも「男性の雇用をフリーズする」と宣言し、少なくとも今年いっぱい投資部門の募集ポジション (4〜6名) に女性のみを登用することを発表しました。

しかし、自らの立場や組織の構造によっては、組織レベルの改革は一朝一夕で達成できるとは限りません。稟議を待たずに、個人レベルで行動に移せることとは?クォータ制や柔軟な働き方、透明性の高い人事評価の導入といった組織的な改革の必要性に声をあげ、それらを着々と進めていくことを大前提とした上で、国際女性デーを記念して、「ひとりでも今すぐに行動に移せるジェンダーギャップ是正のための 10 のアクション」を紹介します。

* 無意識のジェンダーバイアスの説明と、構造的な格差を解消するための組織の施策については書籍『WORK DESIGN:行動経済学でジェンダー格差を克服する』、レビュー『The Impact of Unconscious Bias on Women’s Career Advancement (日本語訳, 20P程度)』が参考になります。

1. Pay her, promote her.

どんな気遣いやキャンペーンよりも一番ダイレクトに影響があるのは行動で示すこと、すなわち対価を払うことです。給与や投資額の決定に直結する判断を下す立場にいなくても、会議の登壇や取材、デザインなどを依頼する立場であれば依頼料を見直したり、よく消費するコンテンツ (動画・ブログなど) のクリエイターに直接収入が入る形で感謝の気持ちを示したり、さまざまな方法で対価を払うことが可能です。

また、昇進を促すことも給与の引き上げに一歩近づきます。直接 昇進を決定する立場にいなくても、女性が活躍できるように発言・表現の場を設けたり、仕事でクレジットを与えたり、積極的にリファラルを買って出たりすることで昇進のチャンスを高めることも可能です (詳しくは以下の項を参照)。また、以下で紹介するアクションの全てがこの「経済的なエンパワーメント」に帰結します。

Image credit: Cindy Gallop (@cindygallop)

2. 個々に適した方法で平等な発言機会を設ける

有名な実験に、Sandy Pentland が主導した MIT の Human Dynamics Laboratory によるものがあります。この取り組み (Pentland et al., 2012) では、7年間にわたって様々なプロジェクトや業界のチーム (総勢 2,500 人) にセンサーを装着し、それぞれ数週間の間 社会的行動のデータを収集しました。その結果、チームの成功を予測する最も重要な要因は、コミュニケーションパターンであり、この要因は、知性・性格・才能など、他のすべての要素の組み合わせに匹敵することが明らかになりました。実際に、チームメンバーに会わずとも、コミュニケーションのデータを見るだけで、どのチームが優れた成果を上げるかを予測することが可能であると報告されています。この一連の研究の中で「理想的なコミュニケーション」の一つとして挙げられているのが「発言機会が平等に与えられていること (チームの誰もが、話すことと聞くことをほぼ同じ割合で行うこと) 」です。

女性がリスクを負ったり失敗したりすることをより避ける傾向があることや、平均的に男性と比べて女性の自信が低いこと (Kay & Shipman, 2014)、職場では男性がより高い役職にいることが多いことなどが重なり、一般に女性は他人の意見を優先させ、自身の意見を胸にしまいがちです。特定の人だけが会議を支配し、一度も発言していない参加者がいるといったことを避けるためには、ファシリテーションの役割を担う人物を任命することが有用です。一方、ただ単に発言を促しても、特に心理的安全性がまだ担保されていない空間ではなかなか自身の意見を伝えづらい局面もあるかもしれません。そういった際は、発言しやすい方法をメンバーに事前に尋ね、その回答に応じて会議の前に書面ベースで意見を収集したり、会議中に筆記式のアンケートをとったりすることで、発言しやすい環境をデザインすることが望まれます。

また、こういった配慮は、男女に限ったことでなく、認知特性の違いや言語の壁など、様々な理由でコミニュケーションの障壁があるチームに有効な施策と言えます。 「個々に適した方法で平等な発言機会を設ける」ことはその人のポテンシャルを発揮する作業を手助けし、その人が他のチームメンバーから「能力の高い人物」として正当な評価を受けることにつながります

Image credit: Minerva Project. 母校ミネルバ大学が授業で使用するソフトウェアでも、質の高いディスカッションを担保するため、学生の発言時間をトラッキングし平等な発言を促す機能が備えられていた

3. 仕事においてクレジットを与える

(適切な) クリエイティブの現場やアカデミアの世界では、それぞれが担当した仕事に対してクレジットを与えることがスタンダードとして認識されていますが、携わる分野によっては未だに稀なことかもしれません。クレジットを与えるということは仕事に関わった人の労働に感謝を示すという労いの意味もありますが、それ以上にその人たちの存在と仕事ぶりの認知を向上するという意味で非常に大切な行為です。社内外にて自身の仕事を宣伝する際には、簡単にでもいいので、一緒に働いた人の貢献をしっかりと宣伝することを心がけてください。

4. 積極的にリファラルを買って出る

社会の構造的格差から不利な立場に置かれていると、下駄を履かせてもらってようやく同じ土俵に立てるというのが現状です。そういったグループの中でも普段からチームに貢献してくれている人や、目をかけたい人がいる場合は、自分がその仕事に携わったかに関わらずその人の仕事を宣伝したり、その人の成長に有利に働きそうなコネクション (人や企業) を積極的に紹介し、ミーティングの機会を設定したりすることも重要です。

また、働き始めたばかりで紹介できるコネクションがない、という人も、何かの依頼のためにショートリストを作成する際に、提案する候補者の中に必ず女性が複数名いることを確認する、などといった仕組みのデザインを通して女性の活躍のチャンスを高めることが可能です。

5. 給与レンジを示す

ニューヨーク市では、 求人広告で給与レンジの公開を義務付ける条例が可決されました (試行は 4 月から)。これにより、社会構造的に交渉の場面で不利な立場に置かれる女性やBIPOC (黒人・先住民・有色人種) の給与格差の是正が期待されています。国や自治体がこうしたトップダウンでの改革を進めるのを待つ間、どういったことができるでしょうか。

一つは自分の給与を公開することです。企業との契約によって公に開示できない場合でも、GlassdoorOpenwork などのウェブサイトで自身の現在・過去の給与を匿名で公開することで、他の人が求職・給与交渉をする際の参考材料を提供することができます。他にも、社内外の信頼する女性の知り合いに、自身の給与や同じ業界に勤める他の知り合いの給与を (名前を伏せて) 示すことで、その女性が周りと自分の給与を比較し、給与交渉・転職に役立てるためのリファランスポイントとなります。

女性科学者のロールモデルが少ないことを受けて、現在在籍している大学院の階段の一面には同大学の女性の教授の写真が飾られている

6. 「追い風・向かい風の質問」に偏りがないか意識する

インタビューや資金調達の際に、男性はより多くの Promotion questions (追い風の質問) を聞かれるのに対して、女性はより多くの Prevention questions (向かい風の質問) を投げかけられる傾向があります (Kanze et al., 2017)。

・Promotion questions: 成功の可能性を示唆する、回答者にとって追い風となる質問。「5年後にどういったことを成し遂げていたいですか」など。

・Prevention questions: 起こりうる損失に焦点を置く、回答者にとって向かい風となる質問。「XXが起きた場合どうやってリスクを回避しますか」など。

もちろん、追い風になる質問をより多く尋ねられる候補者は、自身 (または自分の企業) がいかに優れていて、雇用/投資に値するかを説明する機会により多く恵まれるため、決断を下す際にも彼らにとって有利に働きます。これは質問者が男性の場合だけでなく、女性の場合にも起こる事象と言われています。フォーマルなインタビューの際は、事前に質問を書き出して、全ての候補者に同様の基本的な質問をすることが理想的です。インフォーマルな会話の場合も、向かい風になりうる質問しかしていない場合には、意識的に追い風になりうる質問を投げかけるなどの配慮が望まれます。

7. 評価の比較対象 (ベースライン) に注意を払う

自分の認知と目の前の事象に食い違いが生じた時に感じる不調和を「認知的不協和」と呼びます。私たちは、もともと持っていた考えを信じ込んで自信を正当化したり、または考えを改め順応したりすることでこの不一致・不協和を低減しようとする傾向があります。

この傾向は、女性のジェンダーロールと典型的なリーダーとしての役割の間の不一致に対峙した時にも見られます。 一般的な理想の女性像 (友好的、親切、無欲) と一般的に成功を収めるリーダーに共通すると認知されている資質 (主張的、威圧的、道具的に有能) の間にはしばしば矛盾が存在します (Eagly et al., 2003)。この矛盾を解消するために「リーダー的」な行動をとる女性に対して、「独裁的・非友好的・口うるさい」といった評価を無意識に下してしまいがちです。一方、これらの「リーダー的資質」は男性のジェンダーロールとの共通項が多いため、男性リーダーが同様の行動をとった場合はむしろ好感を持たれます。

“リダーシップ” の評価は男性に有利に、女性に不利に働く、ということを理解した上で人と接すると、ネガティブな評価を頭がよぎった時に、「無意識に不公平な評価のベースラインと比べてしまっていないか」と自身に問いかけることで認知の歪みを少しでも矯正し、適切な評価につなげることが期待できます。

Image credit: CPB London

8. 勤務外の時間での「ひいき」の影響を意識する

平均的に男性の方がリスクの伴う決断をとったり、失敗を過度に恐れない傾向が高いために、自身の上司に当たる人物に対しても勤務時間外に声をかけたり、約束を取り付けたりする心理的バリアが低いのは周知の事実です。加えて、ビジネスで付き合いのある男性との 1:1 の勤務時間外の場面で恋愛的・性的な目で見られた経験のある女性が多いことも考慮すると、勤務時間外に気軽に交流したくてもそのハードルが高いというのも無理はありません。シンプルに、共通の趣味が「サウナ」など性別を限定しがちなものである場合、その枠に当てはまらないグループはお互いのことをよく知る機会から自動的に除外されてしまいます。こうしたことが重なって、男性同士で勤務時間外で交流することが増え、気づけば男性の仕事仲間ばかりという状況を多く目にしてきました。

全く知らない人よりも自分の友人に対して好意的な印象を持ち、かつ積極的に助けの手を差し伸べるのはいたって自然なことです。そのため、仕事仲間が男性ばかりであれば「仕事ができる人物」という評価をもらうのも、新しい商機に恵まれるのも男性に偏りがちです。ビジネスでの評価でも、私情を完全に排除することは非常に難しいからこそ、自身の判断に「勤務外の時間での『ひいき』」が影響していないかを意識することが欠かせません。

9. 自分の知ってるホットな投資案件を女性の知人に紹介する

投資案件は一般に公開されていないことがほとんどで、その多くは横の繋がりのクローズドな関係性の中で拡散されます。つまり、男性が大半を占めるコネクションの中で成長の見込める案件が広まっていても、紹介のない限り女性の入る隙がないということです。知り合いの女性に自分の把握しているホットな投資案件を紹介することで、その人の資産形成に影響を与える可能性があります。また、その女性がインサイダーと認められて定期的に案件が流れてくるようになれば、その人自身の女性の友人を紹介することでより多くの女性投資家の参加につながります。女性投資家が増えれば、男性の投資家からはその市場ニーズに対する共感を得にくかった企業にも投資が回りやすくなります。

実際、女性パートナーのいる VC は、女性が経営陣にいるスタートアップに投資する割合が、男性パートナーのみの VC に比べて約 3 倍 (34% VS 13%)、女性CEOのいる企業に投資する割合が約 4 倍 (58% VS 15%) との開きを見せています (Candia et al., 2014)。投資に関わる女性を増やすことは、エコシステム全体における女性の参画を促すことにつながります。

10. 男性に偏った会議や企画での登壇/参加依頼に別の提案をする

男性に偏った会議や企画での登壇/参加依頼をお断りするというポリシーを掲げる方も増えてきました。こうした偏った人選に疑問を呈する際には、ただ単にお断りしたり問いを投げかけたりするだけでなく、自分自身がその分野での活躍ぶりを認めている女性の専門家 (できれば、今まで適切な評価を下されてこなかった人物) を 1〜3 人提案してみてください。仮に今回は声がかからなかったとしても、次回その方に別の機会で連絡が行くことがあるかもしれません。

また、自分が依頼を受ける側でなくても、会議のパネリストのアナウンスなどで偏った人選を見かけたり聞いたりした際には、「積極的にリファラルを買って出る」気持ちで他の人を推薦し、その人たちの仕事を宣伝してみてください。

… 

国際女性デーは 1 年に 1 日のみですが、女性たちは女性とあるということだけで、社会構造によって作り出された格差によって毎日のように不利な立場に立たされています。また、女性であっても同じ理由で女性に不利に働く立ち回りをしてしまうこともあります。10 のアクションが今日だけのものにならないよう、どこか目の触れる場所に書き留めておいてください。わたしも、自戒の念を込めて。

 1. Pay her, promote her.
 2. 個々に適した方法で平等な発言機会を
 3. 仕事のクレジットを与える
 4. 積極的にリファラルを買って出る
 5. 給与レンジを示唆する
 6.「追い風・向かい風の質問」の偏りを意識する
 7. 評価の比較対象に注意
 8. 勤務時間外での「ひいき」の影響を意識する
 9. 投資案件を女性の知人に紹介する
 10. 男性に偏った企画に対して別の提案をする

昨年 5 月にミネルバ大学を卒業するまでは、80ページ以上にわたる SexTechマーケット&ブランディングガイドブックを執筆したり、fermata の一員として国内外のフェムテック市場の目覚ましい成長を目の当たりにしたり、立ち上げ期のVCをサポートしたり… 6 カ国以上でたくさんのプロジェクトに関わる機会に恵まれてきました。

今はロンドンで脳神経科学の修士課程を履修していますが、スタートアップ、ブランディング、タブーがつきまとうビジネス (SexTech, Femtech, Mental Health, Psychedelic Wellness など) の分野で、わたしの経験や熱量を活かせる機会を常に探しています。3 つの要素のうち 2 つでも、この組み合わせにピンとくるものがあればぜひお声がけください🌿

🔜 来週は SXSW (@Austin) に登壇します: https://schedule.sxsw.com/2022/events/PP112878 

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