SXSW2022 SexTech 登壇レポート: Will We Still Have Sex in The Future?

人気ポッドキャスト Future of Sex やインキュベータープログラム SexTech School を手掛け、欧米豪にてセックステック業界の第一線で活躍してきた Bryony Cole からの推薦を受け、先月オースティンで開催された SXSW 2022にて、”Will We Still Have Sex in The Future?” と題したパネルディスカッションにパネリストとして参加しました。

VISIONGRAPH 社が発表した、リアルな世界でのヒト同士の性交渉の終焉を推測する「マスターベーション・シンギュラリティ」レポートの結果を受けて、セックステックが未来の性生活においてどのような役割を果たすのか — ひいては私たちは未来でも「セックス」を営むのか — といった問いを探求すべく、バックグラウンドも活動する文化圏も異なるセックステック業界のプレイヤーと議論を交わしました。オンライン配信はあるのか聞いてくださった方も多かったので、全編英語で行われたセッションのハイライトを抜粋・意訳して、登壇レポートとしてまとめました。

登壇者は以下の通り

  • Rocio Pelayo: ラテンアメリカとスペイン語圏で活動する Hablemos Sextech, Founder (当初ファシリテーターとして参加を予定していた Bryony の代理)
  • Lex Gillon: ベルリンに拠点を構える SexTech/Femtech 市場のデータコンサルティング企業 Modality Group, CEO & Co-Founder
  • Haruna Katayama: 業界初の包括的なセックステック市場リサーチ SexTech Market Analysis and Branding Handbook を執筆。ポルト大学 Research Laboratory on Human Sexuality 研究助手
  • Maiko Miyagawa: VISIONGRAPH Co-Founder, SXSW Japan Office Co-Founder

*セッション冒頭では「コンテンツの拡充と技術の進歩によりマスターベーションがデフォルト化する」といった VISIONGRAPH の未来レポートの総括が紹介されましたが、こちらにまとめられているため、割愛しています

**Lex によるセッションの振り返り (英語) はこちらからご覧いただけます

Table of Contents

    セックスとテクノロジーの定義

    Haruna: このディスカッションを始める前に、セックスとテクノロジーの定義を通して、セックステックとは何かということをおさらいさせてください。

    セックスと聞くと、何を思い浮かべますか?挿入を伴う行為をもって「初体験」とみなす人も少なくないですが、オーラルセックスやソロセックス (マスターベーション)、リアルなヒトの介在に関わらない他のアバターとの性的な行為も、すべてセックスと解釈できます。個人的には、未来のセックスの話をするにあたって、挿入を伴う行為のみに性交渉の可能性を絞らないように心がけています。

    またセックステックというと、アダルトVR/ゲームやバイオミミクリーなどの技術を応用したバイブレーターなどに焦点が当たりがちですが、勃起状態をコントロールできるウェアラブル人工ペニス、膣壁のコラーゲンの再生を通して潤滑液の分泌を促す家庭用機器、恋人同士のリレーションシップ管理アプリなど、幅広い技術が性に関する多様な健康・社会課題の解決に応用されています。今回のセッションではバーチャル空間でのセックスの話題が多いかと思いますが、セックステックには、一見社会的孤立を促進させそうなものだけではなく、人々の繋がりをより深いものにするプロダクトやサービスも多く存在するということを念頭に置いていただきたいです。

    昨年 4 月に公開した SexTech Market Analysis and Branding Guidebook より

    インクルージョン無くして、バーチャル世界のセックスは普及しない

    Rocio: (従来的な物理世界での) セックスが私たちの暮らしを豊かにしてくれているのは確かですが、仮想現実にその比重を移すというのは、私たちの生活にどういった影響を及ぼすと思いますか?

    Lex: 技術の進歩と普及のおかげで、より多くの人がバーチャル空間でのセックスを楽しんでいるのは確かですが、それは経済的に余裕のある層に限られています。今の倍のスケールでの大量生産が可能になればユニット当たりのコストも下がるのは自明ですが、この向こう 10 〜 30 年で世界のほとんどの人が VR 装置を買うまで経済が豊かになるとは思いません。先進国のアッパーミドル階級と、それ以外の格差がより際立つものになっていくと感じます。

    Haruna: インクルージョンの課題はとても良いポイントで、経済的なアクセス以外の面でも「私たち全員がバーチャル空間に等しく受け入れられているか」と批判的な問いは常に持っておきたい視点です。VR 業界では圧倒的に異性愛者の男性ファウンダーやエンジニアが多いのが現状です。以前とあるアダルトVRゲームのクリエイターと、セックスクラブにて相手のアバターを選ぶときに性的合意はどうやってとるのか、という話になりました。彼も頭を悩ませている部分のようですが、合意プロセスの描写の欠如は、特に物理世界で性的に搾取されることが多い女性ユーザーにとって「萎える」ポイントになります。ここ数年、女性消費者の価値観や美的感覚に耳を傾けたプロダクトが女性のセクシャルウェルネス製品の消費を加速させていますが、アダルトVR やアダルトゲームの世界では同じトレンドに火はついていません。様々な消費者グループに平等なアクセスが与えられない限り、市場の成長には限界があるように思えます。

    Lex: もう少し踏み込んで説明してもらえますか?インクルージョンと合意が重要というのはもちろんですが、故意的に合意を放棄したい、または婉曲したい場面もありますよね?

    Haruna: もちろん、「セックスをしよう」と思ってゲームの世界に飛び込んだのにアバターに「今日はちょっと疲れてて…」と断られることが続いたら、多分そのゲームする気失くしちゃいますよね。でも、理想と現実は異なることを強調するための顧客教育資は、企業の責任だと思います。例えば、ゲームやビデオが流れる前のイントロで注意書きを流し、その箇所はスキップできないようにする、といった最低限の工夫もできるはずです。

    Lex: 確かに。Haruna の意見は全く賛成で、インクルージョンの意識が欠落したままでは、バーチャル空間への移行というシナリオは描けません。暗い路地裏で人目のつかないように行われていたセックストイも、洗練されたエンパワーメントのツールとしての市民権を獲得し、ようやく少しずつノンバイナリーやトランスなど、より広い文脈でのインクルージョンの会話がなされるようになってきたところです。特に VR/AR プロダクトにとっては、まだまだ長い道のりです。

    「文化の違い」で片付けるのは短絡的過ぎる

    Rocio: 2050 年までに地域によっては、Intimacy は失われてしまうと思いますか?

    Maiko: 日本では確かに、行き場のない性欲をテクノロジーに向けることは特段珍しいことではないですね。出会いの手順を踏むのは面倒だから、手軽にアクセスできるという観点からオンラインやロボットなどにアウトソースする人は少なくないです。主体的にというよりも、セックスが社会規範の一部として黙認されているから仕方なくしている、という人にとっても、テクノロジーは「誰かのためにしなくてはいけない」というプレッシャーを取り除いて、「自分のプレジャー」に集中させてくれます。

    Rocio: 私はもともとメキシコ出身なので、性的な文脈に限らず友だちとの間でも挨拶がわりにハグをしなくなる未来が来ることは考えにくいです。やはり、テクノロジーへの順応というのは、文化的な背景が大きいんですかね。

    Haruna: 「文化」という言葉を使う際には少し気をつける必要があると思っています。「XXは文化的にオープンな性の表現を許容する土壌がない」と一蹴する人もしばしば見受けられますが、それって本当にその土地の文化なのか?と立ち止まって考える必要があります。例えば、日本にいる人に聞くと、日本は欧米と比べて性に閉鎖的だ、という意見が多く聞かれますが、それってごく最近の日本しか見ていないですよね。江戸時代の日本では、同性愛がメインストリームが想起する「恋愛・性の形」に溶け込んでいたり、女性も伸び伸びと性を楽しんでいたりする光景が見られたと言われています。セックストイショップ (四ツ目屋) ではディルドなどを求めて多くの女性たちが足を運びました。また、アフリカなど他の地域では、二元論的な性別を超越した、流動的な性別の区分が存在しました。性にまつわる権利の獲得は一筋縄ではいかないことが多く、前進と後退を繰り返してきたものだからこそ、今ある「文化的な価値観」は昔からそのままの形で育まれてきたのか、外部的な影響が色濃いのか、問い直す価値があると思っています。

    Lex: Haruna の主張はもっともで、「文化」というのは非常に曖昧です。例えば、日本の出生率の低下やセックスレスの話になると、セックストイやアダルトビデオなどの台頭が理由の一部として挙げられますが、根本的な課題に目を向ける必要があります。一時保育へのアクセスは限られていて、他の国では考えられないほどのレベルの子育てや家事のプレッシャーが (特に女性に) のしかかり、養育費は高騰し続け、ワークライフバランスもないに等しい。私が同じような状況下にいたら、パートナーとのセックスよりも、子作りよりも、ひとりでプレジャーを探求する方がずっと楽で経済的です。じゃあこれが文化かのせいと言われると、根本的な原因はどちらかというと社会制度や企業方針にありますよね。これらが解決しない間は、デジタル世界へ逃避するのもごく自然な流れに感じます。

    SexTech Meetup では、以前執筆した Market Guidebook を読んだ多くの人が声をかけてくれた (Photo: The MŌN App)

    2 つの世界の境界線、仮想空間の実世界よりもインクルージブな側面

    Haruna: 実際に既にソーシャル VR を使用している人の動向を見てみましょう。日本の VTuber と日本のVR文化を研究する人類学者のユニットによって昨年行われた、約1200人のソーシャルVR利用者を対象にした調査によると、30% もの回答者が「ソーシャル VR で他のユーザーと恋愛的な関係に発展したことがある」と答えました。一方その中で「物理世界にも恋人がいて、かつその相手とソーシャル VR 上での恋人が同じである」と答えたのはたったの 30% でした。また、回答者の 9 割近くが実世界で男性と自認しているのに対し、8 割近くが女性のアバターを使っているという結果も見られました。これらの結果を踏まえて、2 つの世界の境界線は果たしてぼやけてきているのか、それとも別のものとして共存しているのか?解釈の仕方はさまざまです。

    Rocio: 相関性はあるんですかね?欧米では、複数愛やオープンリレーションシップという形がやっと世間の耳にも入るようになってきましたが。

    Haruna: 統計的有意性に関する言及がなかったので、どこまで数字に信頼性があるかは分かりませんが、ソーシャル VR 上でのセックスの経験はプレイ時間と相関性があると報告されています。ただ、セックスを経験したことあるのが過半数以上に達したのは、通算 5,000 時間以上をプレイしたユーザー層で、彼らは 2 年間毎日 6.5 時間以上プレイしている計算になります。仮にメタバースの普及が進んだとしても、1 日の大半をヘッドセットを着けて過ごす日が近いかと言われると個人的には懐疑的です。テクノロジーの制約を受けて過ごす日々ではなく、テクノロジーが背景に溶け込む未来を目指すのであればなおさらだと思います。

    Lex: カリフォルニアと日本で活躍する VRプラットフォーム企業の ImagineVR とファウンダーが以前、VR セックスの「受け皿」としての役割について語っていました。社会から受け容れられず、恋愛や性的な場面で自信を魅力的な相手として見なしてくれる相手に出会う機会がなかった人々にも、主体的な恋愛・セックスを楽しむ権利が公平に与えられる。バーチャル世界の発展は孤独を産んでいる、と批判される一方で、一部の人にとっては、孤独を解消してくれる次善策とも言えるでしょう。

    エンタメによる普遍化・家庭教育/学校教育との共存

    Rocio: 教育は私たちの未来の性の在り方をどう変えていくと思いますか?

    Haruna: 教育と一口に言っても、学校での性教育以外にも様々な媒体から多くのことを吸収しますよね。アダルトビデオから誤った知識を覚えたり、エンタメで性的な描写と遭遇したり、とポップカルチャーが私たちの性に対する意識に与える影響は非常に大きいと感じます。Netflix やハリウッドなどでデジセクシャリティを多様な性的指向の一つとして、脚色せず、正常なものとして描く作品が増えると、より多くの人にとって身近なものになるだろうな、と思います。良い意味でも悪い意味でも、メディアにおける描写は、それを観た視聴者にとって新しい ”現実” を植え付けます。専門家の監修のもとであれば、ポップカルチャーがより寛容で多様な性のあり方を浸透させていけると思っています。

    Lex: O.school や Tickle.Life のような性教育サイトも増えてきていますが、教育機会を逃した人たちの再教育のためのリソースは無いですよね。先週メキシコにいたときに、40 代半ばの女性が高校の性教育でカバーされるべきトピックについて話していて、心が痛みました。教育を完全に学校外の手に委ねてしまうことは理想的ではないにせよ、自らが好きなコンテンツを選べるよう、オプションを拡充することはやはり欠かせないな、と感じます。

    セックスのコミニュケーションを補佐するテクノロジー

    — (Q&A) 性のことについてパートナーと会話を切り出すのはやはり後ろめたい部分がありますが、人々の対面での性的なやり取りを促進させるのにおいて補佐的な役割を果たすテクノロジーの応用例には、どんなものがありますか?

    Haruna: ごく身近なものでいうと、リレーションシップマネジメントのアプリでは、「自分がセクシーだと感じる瞬間」といったお題や「どんなプレイをしたいか」がリスト化された質問票に YES, NO, MAYBE 形式で答えることで、相手の性的嗜好を振り返ることができます。また、ボタン式の製品で、タップすると「今夜したい気分か」を示すことができて、お互いが YES の時だけ灯りがともるデバイスもあります。性的合意をアウトソースする、という意味では直接的な対話の促進ではないのかもしれませんが、基本的な会話も億劫なカップルにとっては良い踏み台になると思います。全ての人が初めから劇的に変われるわけではないので、こういった漸進的な変革を促すプロダクトにも期待しています。

    Lex: ふと思い浮かんだのは、オンライン上でのセクスティング (性的な会話) を補佐する、Amorus というアプリですかね。メッセージの暗号化、削除コントロールの付与によって安心して大胆な会話ができるだけでなく、パズルなどのミニゲームを進めると徐々にヌード写真が見られるようになる、など遊び心ある機能も取り入れられています。あとは、患者が「痛み」という主観的な感覚を他の人に伝えるために痛覚のマッピングをしているリサーチャーがいて、その人が「プレジャー (快感)」にもその原理を応用できないか、と話していました。可視化しにくいものだからこそ、それが tangible (有形なもの) になればパートナーにも伝えやすくなる、という考えです。 

    Haruna: この業界にいると当たり前すぎて忘れていましたが、カップルバイブレーターも、人々のつながりを促進するテクノロジーの一例ですよね。複数のセンサーを用いて骨盤底筋の収縮をモニタリングし、”オーガズム” を可視化できる Lioness バイブレーターも、自身の主観的な体験と生理的な現象の双方を比べることで自己との対話を促し、自分の身体に対する認知の向上に役立てられます。また、このデータをパートナーと共有することもできます。独りよがりなプレイをする相手に対し「これ見て!」と責め立てるのに使うと逆効果ですが、会話を始めるきっかけとして使うのには悪くないと思います。

    健全な市場の成長には建設的な批判とユーザー中心の開発が不可欠

    — (Q&A) テクノロジーが私たちが適応できる以上のスピードで進化していっているように伺えますが、これに対応するためには、社会として何ができると思いますか?

    Rocio: 立ち止まって自分と対峙し、自分自身が何を欲しているのか耳を澄ます作業が必要だと思います。

    Lex: 先ほどの Haruna の意見に便乗すると、D&I の促進がやはり重要なテーマになってくると思います。異性愛者の女性やクィアコミュニティの経験をもって、やっと見えてくる今のプロダクト・サービスの改善点がたくさんあるはずです。

    Haruna: プロダクトの開発側や研究者の D&I の促進もそうですが、多様なユーザーへのヒアリングも欠かせません。例えば、セックスワーカーの方々は、既にこういったサービスが社会にどういった影響を及ぼしうるか、日々痛感している部分も多いと思います。彼らの知恵をお借りする、というのもすごく重要だな、と。また一方で、「追い風・向かい風の質問」に偏りがないか意識するのも大切です。金融・投資の世界ではよく知られているコンセプトですが、セックステック業界に対しては「XXが起きた場合どうやってリスクを回避しますか」といった負のインパクトに焦点を置く、向かい風の質問 (prevention questions) が多く寄せられます。一方、セックステックは多様な健康・社会課題の解消といったポジティブな面もあります。批判的な質問をするな、という訳ではありませんが、「追い風・向かい風の質問」のバランスに偏りがないか、と意識することで、理想の未来に向けた建設な議論に近づけるんじゃないか、と思います。

    Lex: まさしく。プロダクト開発のプロセスにユーザーを参加させる必要があります。ユーザーのセクシュアリティの決定権を会議室に明け渡すのではなくて、ユーザー自身が何を欲していて、何を必要としていて、どんな部分に不安を抱えているのか。こぼれてしまう声をすくいあげる企業側の努力が問われます。

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    SXSWでの出会いや振り返りを踏まえて、自分のタグラインを “Normalise taboos & bring capital to underinvested businesses by assisting the growth & branding of startups” にアップデートしました。これに合わせて、About ページも更新しています。ご一緒できそうなことがあればご連絡ください🌿

    🔜 ポルト大学の性科学研究所に研究助手として参画している関係で、5 〜 6 月あたりにポルトガルへの渡航を予定しています。現地にいらっしゃる方はお声かけください! (拠点はロンドンのままなので、ロンドンにいらっしゃる方もぜひ!)

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